「両手で合掌をして、そのまま腕を伸ばしましょう。息を大きく吸ってー……」
私はマットの上で手本を示しながら、やわらかい声で導く。
夕方のヨガスタジオ。大きな鏡には、女性たちが一斉にポーズを取る姿が並ぶ。
笑顔で指導する私も、そこに違和感なく紛れ込んでいる。
「先生、今日もありがとうございました!私も先生みたいに綺麗にポーズを取りたいです」
生徒の一人がはにかみながら言う。
私は「ありがとう」と微笑んだ。
――まるで、本当に“女性の先生”であるかのように。
けれど、胸の奥は冷え切っている。
この笑顔も声も、すべて“作り物”。
私が男であった痕跡は、どこにも残っていない。
◆
あの日から、ちょうど一年。
気が付けば、私はヨガ講師として働いている。
週に数回、いくつかのクラスを任され、表向きは人気のあるインストラクターだ。
でもそれは、自分の意志で選んだ未来じゃない。
強制的に“女の体”にされ、逃げ場を塞がれた結果――。
この場所以外に居場所を持てなくなってしまっただけ。
「今日は満月ですので、月礼拝ヨガを行いましょう」
無意識に震える声を抑え、私は手を上げる。
胸のふくらみが揺れるのは、最近ようやく慣れてきた。
だけど、女らしい体で動くたび、羞恥がこみ上げる。
それでも、私は笑顔で取り繕う。
“インストラクター”として振る舞う以外、選択肢はないのだから。
◆
レッスンが終わり、更衣室のドアを閉めた瞬間、私は壁にもたれて深いため息をつく。
「……はぁ……」
汗で張りついたヨガウェア。
鏡に映るのは、すっかり女らしい輪郭をした顔。
長い髪を後ろで束ね、化粧で整えられた私。
どこから見ても“女”。
男の影は、どこにもない。
「今日もお疲れさま」
背後から声を掛けられる。
JURIAだ。
あの日からも、彼女は変わらず私の近くにいる。
「いい笑顔だったじゃないですか。もう完全に女の先生ですね」
にやりと笑う。
「……見てたんですか」
「私はあなたの指導役ですからね」
言葉が突き刺さる。
そうだ、私は自分の意志でここに立っているわけじゃない。
全部、彼女たちに仕組まれた人生。
「明日もまたよろしくね」
耳元でささやかれ、背筋が凍る。
◆
夜、スタジオを閉めて帰ろうとすると、入口で待っている人影があった。
「リリーさん……」
彼女は相変わらず柔らかい笑顔で、紙袋を手渡してきた。
「差し入れよ。頑張ってるご褒美」
袋の中には、可愛らしい下着と、華やかなリップティント、そして彼女の会社の商品であるプロテイン。
「……これ、別にいらないです…」
「駄目。女の子は可愛くしてないとね」
逃げ場を与えない笑顔。
私は観念して袋を受け取る。
「今度、男性の生徒さんと食事にでも行ったら?」
「え……?」
耳を疑う言葉。
「男性の生徒さんからも結構人気あるみたいだよ。体がエッチだって」
リリーさんは軽く笑いながら手を振って去っていった。
胸がざわつく。
私は男性からそんな目で見られるようになっていたのか……。
◆
帰宅後、シャワーを浴びてから差し入れを取り出す。
貰った下着を身に着ける。
「……どうして、こんな……」
一年経っても、心はまだ抵抗を続けている。
体はもう完全に女なのに……。
服を着替えるたび、ヨガで体を動かすたび、その事実を突き付けられる。
◆
数日後のレッスン。
クラスが終わった後、一人の男性が私に声を掛けてきた。
「先生……今日、ご飯でも行きませんか?」
私が指導しているクラスにいつも来てくれている生徒さんが、真剣な眼差しで私を見ている。
「……え……」
声が裏返る。
――これが、次の段階なのか。
女として生きることを強要された私が、今度は“男に求められる”番なのか。
逃げ場のない現実が、また一歩、私を追い詰めていく。
◆
夜、ベッドに沈みながら私は目を閉じる。
昼間に聞いたリリーさんの言葉が、脳裏に響く。
私は……どうなってしまうのだろう。
女として生きる羞恥は、まだ終わらない。
むしろ、これからが本当の始まりなのかもしれない。
唇を噛みしめながら、私は熱い男性のモノを受け入れていた。
【おわり】
※来週からは『メンズメイク体験から始まった、僕の女装堕ち』を投稿していきます。
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