クラスの女子にからかわれて女装させられるのは、もう慣れた――そう思っていた。
けれど、それは僕の日常が“おかしい”と気づけなくなるほど、長い時間をかけて積み重なってきたものだ。
僕の名前は 藤岡 蒼(ふじおか あおい)。
十五歳、高校一年生。背は小さく、顔立ちも中性的で、昔から「女の子みたい」と言われ続けてきた。
男子の中ではそれなりにうまくやれているつもりだった。けれど、その容姿を面白がったクラスのカースト上位の女子たちからは、ずっと嘲笑の的にされていた。
その中心にいるのが、金髪のリーダー格・水瀬 美咲(みなせ みさき)。
明るく強引で、美貌とカリスマを兼ね備えた彼女は、学校中でも注目の存在だ。
隣にいるのは、派手な見た目と毒舌キャラが印象的な高城 沙羅(たかしろ さら)。
強気な言葉とは裏腹に、実はかなりの資産家の娘らしく、その余裕がどこか人を見下ろすような笑みに滲んでいる。
そして、トレンドの最前線を生きる成瀬 陽菜(なるせ ひな)。
フォロワー1万人を超えるインフルエンサーで、スマホ片手に、裏垢では僕の羞恥を“コンテンツ”に変えていく。
もちろん、他の女子にもからかわれることはある。
けれど、僕を“おもちゃ”として弄んでいるのは、この三人が中心だった。
◆
入学して間もない頃、始まりは小さないたずらだった。
「蒼ってさ、女子に混ざっても違和感ないよね」
そう言った美咲が、リボンカチューシャを僕の頭に付け、スマホを構えた。
教室は笑いに包まれ、僕は顔を赤くしたまま固まるしかなかった。
けれど、その日の放課後――「もっと可愛くしてあげる」と強引に呼び出され、それから僕の裏の日常が始まった。
◆
美咲の家に連れていかれると、待っていたのは整然と並んだ化粧品。
その光景を見ただけで、胸がきゅっと縮んだ。
「男子とか先生にバラしたら、もっとヤバいことになるからね。女子全員にあることないことウワサを広めて、学校にいられなくなっちゃうよ。だから絶対秘密」
美咲が笑いながらそう告げる。
脅しのような言葉に、僕には逃げ道なんてなかった。
「ちゃんとやり方覚えなきゃダメだよ。次からは自分でやるんだから」
沙羅が口を出す。
「えっ……次って……」
返す言葉もなく、僕は椅子に座らされる。
◆
「はい、じっとして。まずはベースメイクからね」
美咲の手に握られたクッションファンデのパフが、冷たく頬に押し当てられる。
ぽんぽん、と小気味いい音とともに、ひやりとした感触がすべすべと広がり、肌の赤みや毛穴が隠れていく。
まるで本当に“女の子の肌”になっていくようで、気が気じゃない。
「わ、やっぱり蒼って女子より映える」
沙羅が感心したように呟き、陽菜はスマホを構えて「これはガチで盛れる〜」と笑う。
羞恥で耳まで真っ赤になるのに、褒められた言葉が胸の奥をかき乱した。
「次はアイメイクね」
ブラシで乗せられたアイシャドウは、淡いベージュから濃いブラウンへと丁寧にグラデーションを作っていく。
まぶたにしっとり粉が重なり、視界がぼんやり色づく。
「アイラインは茶色が可愛いよ。黒だとキツすぎるから」
沙羅がペン先を滑らせると、目元がきゅっと引き締まった。
涙腺に近い部分がちくりと痛み、思わず瞬きをすると、
「泣かないで。これくらい普通だから」
小さく笑われ、唇を噛む。
さらに、黒目の上下にラメを置かれると、視界の端がきらりと光った。
「涙袋はぷっくりさせたほうが映えるんだよ」
薄茶色のペンシルでなぞられた下まぶたが、ふっくらと立体的に浮かび上がる。
「はい、ビューラーで上げて……まつ毛長っ!」
まつ毛を挟まれる瞬間、金具がまぶたに触れてひやりとした。
カチ、カチ、カチッと三段階に音がして、視界が大きく開ける。
さらに黒のマスカラが塗られると、まつ毛がバサッと広がり、目元が別人のように派手になった。
「チークは……赤系にしようか。蒼の骨格だと少し縦長に入れようかな」
頬にぽん、とブラシが触れた瞬間、粉のざらりとした感触が広がり、熱でじわじわ溶け込むように赤みが増していく。
さらに鼻筋や頬骨にハイライトをのせられると、光を反射してつやりと輝いた。
顎のラインにはシェーディングが入れられ、輪郭までもが細く見せられていく。
――男のはずの自分の顔が、段階的に“整形級”に変わっていく。
最後に塗られたのはリップグロス。
とろりとした液体が唇に重なり、ねっとりと張りつく。
甘い香りと味が舌先に広がり、思わず息を呑んだ。
鏡に映ったそこには――艶やかに光る唇を持つ、“女の子”がいた。
もう僕じゃない。
藤岡 蒼という男の輪郭は、完全に塗りつぶされていた。
◆
「服は……そうだな、今日は私の制服の替えを貸してあげる。汚さないでよ」
美咲に言われ、制服のスカートに無理やり着替えさせられる。
「私の制服、ぴったりじゃん!ちょっとショックなんだけど」
陽菜が笑いながら動画を回す。
「ほら、スカートもっとひらひらさせて歩いてみて」
命令に従って腰を揺らすと、布が太ももに当たってぞくっとする。
「そうそう、それ!」
笑い声とスマホの動画撮影音。羞恥に全身が焼けついた。
「もう完全に女の子だね、蒼ちゃん」
沙羅が小さく笑う。
否定したいのに――確かにその通りで、否定する言葉が見つからない。
その日から、女装を繰り返す着せ替え人形の毎日が始まった。
制服、私服、コスプレ。その都度メイクも変えられ、やがてウィッグも用意されるようになった。
繰り返すうちに、知識も技術も身についてしまった。
ファンデーションの重ね方、アイロンの温度調整、ストッキングの履き方。
男子の僕には一生関係ないはずのことばかり。
それを覚えてしまった自分が、何より恥ずかしかった。
「もっと笑って。写真撮るから」
パシャ、と音が響く。
「男子に見せたらどうなるかな?」
陽菜の冗談めいた脅しに背筋が凍る。
誰にも言えない。
言ったら、本当に終わりだ。
◆
それでも日常は続いた。
羞恥に震えながらも、抜け出せない。
もう、それが当たり前になっていた。
そしてある日、美咲が笑った。
「ねぇ蒼。部屋の中だけじゃ、つまんないよね?」
嫌な予感に全身が固まる。
「外に出てみよっか。だって似合ってるんだから」
告げられた次の命令は――
『ロリィタファッションで地元の商店街に行くこと』。
血の気が引くのを感じた。
(そんなの……絶対無理だ)
けれど逆らえない。
僕の逃げ道は、最初からどこにもなかった。
【2章へつづく…】
いいな
2025-10-13 15:02:36 +0000 UTC